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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)148号 判決

大阪府大阪市淀川区三津屋北3丁目3番29号

原告

日澱化學株式会社

同代表者代表取締役

太田善仁

同訴訟代理人弁理士

奥村茂樹

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

大高とし子

鐘尾宏紀

市川信郷

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成3年審判第11537号事件について平成5年7月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月16日、名称を「麺類の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和57年特許願第181918号)したところ、昭和62年12月24日に出願公告されたが、特許異議の申立てがあり、平成3年3月11日拒絶査定されたので、同年6月13日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第11537号事件として審理した結果、平成5年7月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月29日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

うどん、そうめん、そば、中華麺、ワンタンやシュウマイやギョウザの皮から選ばれる麺類の製造に際し、置換度(D.S.)が0.01~0.2のヒドロキシエチル澱粉、ヒドロキシプロピル澱粉およびカルボキシメチル澱粉より選ばれるエーテル化澱粉または酢酸澱粉、コハク酸澱粉、オクテニルコハク酸澱粉およびマレイン酸澱粉より選ばれるエステル化澱粉の少なくとも1種を製麺原料粉に添加することを特徴とする麺類の製造方法。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  これに対して、本出願前に頒布された刊行物である「CEREAL FOODS WORLD」(1982年9月)american association of cereal chemists発行、第447頁(以下「引用例1」という。)には、デュラム小麦澱粉をアセチル化あるいはヒドロキシプロピル化し、この化学変性澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に所定量添加混合し、スパゲティーを製造する方法が記載されている。また、同「STARCH: Chemistry and Technology Vol Ⅱ」 1967年、Academic Press発行 第295頁及び387頁(以下「引用例2」という。)には、澱粉誘導体は低置換度(置換度0.2未満)と高置換度(置換度0.2を超える)とに分類され、ほとんど全ての市販澱粉誘導体が低置換度のグループに属する旨(第295頁)、及びアセチル基を0.5%-2.5%含有する酢酸澱粉は、その安定性(耐老化性)と透明性が良いために食品に使用されていること(第387頁)が記載されている。

3  そこで、本願発明と引用例1記載のものとを対比すると、引用例1記載のデュラム小麦澱粉をアセチル化あるいはヒドロキシプロピル化した化学変性澱粉は、本願発明の酢酸澱粉あるいはヒドロキシプロピル澱粉に相当し、また、スパゲティーは麺類の範疇に属することは食品工業において周知であるから、両者は、「麺類の製造に際し、ヒドロキシプロピル化澱粉のようなエーテル化澱粉または酢酸澱粉のようなエステル化澱粉の少なくとも1種を製麺原料粉に添加する麺類の製造方法」の点で一致し、(1)用いる麺類が、前者では、うどん、そうめん、そば、中華麺、ワンタンやシュウマイやギョーザの皮(以下「うどん等」という。)から選ばれるのに対し、後者では、スパゲティーである点(以下「相違点(1)」という。)、(2)用いるエーテル化澱粉またはエステル化澱粉の置換度(D.S.)が前者では、0.01~0.2と規定しているのに対し、後者では、この点が明らかでない点(以下「相違点(2)」という。)で相違する。

4  上記相違点について検討する。

(1) 相違点(1)について

前述のようにスパゲティーは麺類の範疇に属することが周知である上に、スパゲティーとうどん等とが、優れた熱復元性、なめらかで良好な食感という麺類の品質改善についての課題を共有することは本出願前周知のことであるから、引用例1記載のスパゲティーにおける上記課題に関する技術をうどん等に適用することは当業者において容易に想到しうることと認める。

(2) 相違点(2)について

エステル化澱粉を麺類等の食品に適用する場合、どの程度の置換度のものを用いるかは当業者が当然考慮し検討する事項と認められ、引用例2の記載「ほとんど全ての市販澱粉誘導体が低置換度のグループに属する」及び「アセチル基を0.5%-2.5%含有する酢酸澱粉は、その安定性(耐老化性)と透明性が良いために食品に使用されている」から、本願発明において、上記の範囲及びその近傍値について検討し、置換度(D.S.)0.01~0.2を選定することは、当業者が容易に行いうることと認める。

そして、酢酸澱粉の低置換体は糊化点が低いことは本願出願前周知であること(二國二郎監修「澱粉科学ハンドブック」1977年7月20日朝倉書店発行第504~505頁参照)、及び麺類の製法において製麺原料に、糊化温度の低い澱粉、例えば馬鈴薯澱粉、甘薯澱粉、タピオカなどを加えると、麺の復元性を良好ならしめ、弾力のあるなめらかな麺を得ることができることも、本願出願前周知であること(たとえば、特開昭53-121955号公報、特に第2頁左下欄第18頁ないし同頁右下欄第9頁参照)を合わせ考慮すると、本願発明の奏する効果である優れた熱湯復元性等は当業者が予測しうるものと認められ、また、「熱湯復元性」「弾力性」「滑らかさ」「優れた透明感」等は、麺類の適性評価項目として当業者がふつう実施・確認する項目であるから、本願発明は当業者が予測できない格別顕著な効果を奏しているとも認められない。

5  したがって、本願発明は、引用例1及び2に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1は認める。同2のうち、引用例2に審決摘示の記載があることは認めるが、その余は争う。同3のうち、スパゲティが麺類の範疇に属することが食品業界において周知であること、及び相違点の認定については認めるが、その余は争う。同4(1)は認める。同4(2)は争う。同5は争う。

審決は、本願発明と引用例1記載のものとの一致点の認定及び相違点(2)に対する判断をいずれも誤り、かつ、本願発明の奏する顕著な効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決は、引用例1には、デュラム小麦澱粉をアセチル化あるいはヒドロキシプロピル化し、この化学変性澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に所定量添加混合し、スパゲティーを製造する方法が記載されていると認定したうえ、引用例1記載のデュラム小麦澱粉をアセチル化あるいはヒドロキシプロピル化した化学変性澱粉は、本願発明の酢酸澱粉あるいはヒドロキシプロピル澱粉に相当するとして、本願発明と引用例1記載のものとは、「麺類の製造に際し、ヒドロキシプロピル澱粉のようなエーテル化澱粉または酢酸澱粉のようなエステル化澱粉の少なくとも1種を製麺原料粉に添加する麺類の製造方法」の点で一致している旨認定しているが、引用例1には上記事項は記載されていないから、審決の上記一致点の認定は誤りである。

(1) 引用例1には、デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによって架橋すると共に、アセチル化し、かつヒドロキシプロピル化した化学変性澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に所定量添加混合し、スパゲティーを製造する方法が記載されているのである。すなわち、引用例1記載の技術は、澱粉に、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の化学変性を行ったものを使用するのである。これに対して、本願発明で使用する変性澱粉は、澱粉に架橋を施したものではない。

(2)〈1〉 引用例1に記載された「Durum starch was modified by crosslinking using epichlorohydrin, acetylation, and hydroxypropylation.」(以下、この記載部分を「争点記載部分」という。)における「and」について、被告は、対等に連結する「・・・と・・・」などの意味がある旨主張するが、この対等に連結する「・・・と・・・」は、「且つ」という意味内容を持つものである。

また、争点記載部分は「Durum starch was modified・・・」とあるように、その主語は単数である。したがって、複数のデュラム小麦澱粉群は、架橋された澱粉、かつアセチル化された澱粉、かつヒドロキシプロピル化された澱粉からなるという意味には決してならない。すなわち、一個のデュラム澱粉が、架橋され、かつアセチル化され、かつヒドロキシプロピル化されたという意味にしか解しえないのである。

〈2〉 被告は、争点記載部分の3段後に「modified durum starches」と複数形になっている記載があることを根拠として、引用例1には架橋によって化学変性した澱粉、アセチル化した澱粉、ヒドロキシプロピル化した澱粉が記載されている旨主張している。

しかし、上記「modified durum starches」は、争点記載部分の化工により生成された「modified durum starch」を受けているものではない。何故なら、「modified durum starches」のすぐ前には、前に出てきたものを受ける場合に必ず付けるべき定冠詞「The」が存在しない。したがって、「modified durum starch」を受けているのではなく、これも含めているかも知れないが、他の一般的な「modified durum starch」を含めていると解釈するのが妥当である。仮に、被告の主張するとおり「modified durum starches」が前の「modified durum starch」を受けるものであるとしても、それ故に、「modified durum starch」が、架橋のみが施された澱粉、アセチル化のみが施された澱粉、ヒドロキシプロピル化のみが施された澱粉を意味しているとはいえない。何故なら、変性した澱粉の物性試験を行う場合には、変性の程度を種々変更して行うものであり、唯一の変性程度のものだけに物性試験を行うことは一般的に考えられないからである。すなわち、引用例1記載のものについていえば、架橋され、アセチル化され、かつヒドロキシプロピル化された変性澱粉の架橋度、アセチル化の置換度あるいはヒドロキシプロピル化の置換度を種々変更したものを作成し、それの物性を試験したと考えられるのである。したがって、「modified durum starches」が前の「modified durum starch」を受けているとしても、それは、いずれも架橋され、かつアセチル化され、かつヒドロキシプロピル化された変性澱粉であることには相違ないのである。

〈3〉 被告は、引用例1に記載されている「commercially modified starches」というのはエーテル化澱粉やエステル化澱粉のことであるから、「modified durum starch」が、これに比べて極めて複雑な、原告が主張するような3種の変性を施した澱粉のことを指しているということは技術常識的に考えてありえない旨主張する。

しかし、「commercially modified starches」(市販変性澱粉)としては、カルボキシアルキル化、ヒドロキシアルキル化、ヒドロキシプロピル架橋というような3種の変性を施したもの(甲第9号証第503頁左欄167の項目)、カルボキシアルキル化、ヒドロキシアルキル化、トリアルキルアンモニウム化という3種の変性を施したもの(同上右欄171の項目)、各種のエーテル化、かつエステル化された澱粉(乙第3号証第32頁右欄5行ないし8行)、架橋され、かつエーテル化された澱粉(甲第10号証第7欄35行ないし44行)、架橋され、かつアセチル化(エステル化)された澱粉(甲第3号証第387頁29行ないし31行)がそれぞれ知られている。

上記のとおり、市販変性澱粉であっても2種ないし3種の変性を行ったものがあり、引用例1に記載された「modified durum starch」が3種の変性を行ったものであるとしても何ら技術常識に反しない。逆に、引用例1の記載及び技術常識に基づけば、上記「modified durum starch」は、架橋され、かつアセチル化され、かつヒドロキシプロピル化された変性澱粉であると理解するのが極めて自然である。

2  相違点(2)に対する判断の誤り(取消事由2)

引用例1には、架橋されたエステル化澱粉を麺類に適用することは記載されているが、未架橋のエステル化澱粉を麺類に適用することは記載されていないのであるから、審決が相違点(2)に対する判断をするについて、「エステル化澱粉を麺類等の食品に適用する場合」とした前提自体誤りであり、したがって、相違点(2)に対する判断は誤りである。

3  作用効果の看過(取消事由3)

(1) 本願発明は、熱湯復元時における澱粉の溶出量を抑制しながら、熱湯復元性を良好ならしめることができ、また、熱湯復元後においても食感が経時的に変化しにくいという効果を奏するものである。更に、麺類に優れた弾力性、なめらかさ、透明感をも付与し得るという効果を奏するものである。これらの効果は、引用例1及び引用例2や周知技術に基づいて、当業者が容易に予測しうるものではない。

したがって、本願発明は当業者が予期できない格別顕著な効果を奏しているとは認められないとした審決の判断は誤りである。

(2) 被告は、熱湯復元時において澱粉の溶出量が少ないこと、熱湯復元後の食感が経時的に変化しにくいことという項目は、乙第4号証、第7号証ないし第9号証の記載に基づいて、当業者がふつう実施・確認する項目である旨主張する。

しかし、ふつう実施・確認する項目であるということと、本願発明が上記のような点について優れた効果を奏するということとは別問題であって、審決が、本願発明の上記のような効果を看過していることは明らかである。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

二  反論

1  取消事由1について

本願発明で使用される変性澱粉が、澱粉に架橋を施したものでない旨の原告の主張は認める。

ところで、原告が、引用例1記載の技術は、澱粉に、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の変性を行ったものを使用するものであると主張する根拠は、争点記載部分の「and」の解釈に基づくものと思われる。

しかし、以下述べるとおり、引用例1記載の文章の構成や文脈、及び技術常識などからみて、引用例1には、澱粉に、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の変性を行ったものを使用するものであるとは記載されていないというべきである。

(1) 「and」の用法には、「かつ」ばかりではなく、対等に連結する「・・・と・・・」などの意味がある。そうだとすると、争点記載部分は、原告の主張するように「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによって架橋すると共に、アセチル化し、かつヒドロキシプロピル化して化学変性した」とも訳しうるが、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによる架橋と、アセチル化と、ヒドロキシプロピル化とによって化学変性した」とも訳しうるのである。

そして、引用例1には、争点記載部分の3段後に「Physical and chemical properties of the native durum starch, commercially modified starches, and modified durum starches were measured.」と記載されているが、この記載中の「modified durum starches」が争点記載部分の「durum starch」を指していることは文意から明らかであり、また、starchesのように複数形で記載されていることから、化学変性された複数種のデュラム澱粉を示すものであることも明らかである。そうだとすると、争点記載部分を原告が主張するように解することには無理がある。

また、「and」の用法からいって、架橋されたエステル化澱粉、架橋されたヒドロキシプロピル化澱粉、及びエステル化かつヒドロキシプロピル化された澱粉が記載されているとすることもできない。

以上のとおり、引用例1記載の文章の構成及び文脈からみたとき、争点記載部分には、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによる架橋と、アセチル化と、ヒドロキシプロピル化とによって化学変性した」と記載されていると解するのが相当であり、換言すれば、引用例1には、架橋によって化学変性した澱粉と、アセチル化した澱粉と、ヒドロキシプロピル化した澱粉が記載されているものと解さざるをえない。

(2) 上記のように、引用例1には「Physical and chemical properties of the native durum starch, commercially modified starches, and modified durum starches were measured.」との記載があり、この記載中の「modified durum starches」は、「commercially modified starches」と並列的に記載され、同一の試験が実施されている。そして、両者は共に化学変性澱粉であるところから、前者の化学変性が、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の変性を行った澱粉なのか、架橋されたエステル化澱粉なのか、あるいは、未架橋のエステル化澱粉なのかを、後者すなわち市販の化学変性澱粉の種類から推測すると、米国のF.D.Aで許可されている澱粉誘導体や化工澱粉などの食品添加用澱粉が列挙されている乙第3号証には、エステル化澱粉やエーテル化澱粉は具体的に列挙されているが、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の変性を行った澱粉についての具体的記載はない。そして、化学変性デュラム澱粉を用いる実験に、上記3種の変性を行った複雑な澱粉を、架橋澱粉やアセチル化澱粉やヒドロキシプロピル化澱粉に先立って用いることは、個々の化学変性の影響をまず調べるという化学実験の通常の手順からしてありえない。

これらのことからみても、争点記載部分について原告主張のように解釈することには無理があり、技術常識からいっても、引用例1記載のものにおいては、デュラム小麦澱粉は、エピクロルヒドリンによる架橋、アセチル化、ヒドロキシプロピル化の3種の方法によりそれぞれ化学変性されるものであると解釈する方が自然である。

(3) 以上のとおりであるから、審決が、引用例1には「デュラム小麦澱粉をアセチル化あるいはヒドロキシプロピル化し、この化学変性澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に所定量添加混合し、スパゲティーを製造する方法が記載されている」とした認定に誤りはなく、したがって、一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例1の記載事項の認定に誤りのないことは、上記1において述べたとおりである。

したがって、上記認定に誤りがあることを前提として、相違点(2)の判断の誤りをいう原告の主張は失当である。

3  取消事由3について

熱湯復元時における澱粉の溶出量及び熱湯復元後の食感の経時的変化は、いずれもこの分野の当業者がふつう実施・確認する麺類の適性評価項目である。すなわち、熱湯復元時における澱粉の溶出量については、乙第4号証、第7号証及び第8号証、また熱湯復元後の食感の経時的変化については乙第9号証にもみられるように、これらの項目については当業者がふつう実施・確認するのである。

そして、審決中の『「熱湯復元性」「弾力性」「滑らかさ」「優れた透明感」等は、麺類の適性評価項目として当業者がふつう実施・確認する項目であるから、本願発明は格別顕著な効果を奏しているとも認められない』における「等」には、「熱湯復元性」「弾力性」「滑らかさ」「優れた透明感」以外の麺類の適性評価項目である上記「熱湯復元時における澱粉の溶出量」及び「熱湯復元後の食感の経時的変化」を含むことは明らかであるから、審決のした効果の判断に誤りはない。

第四  証拠

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりである(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、三(審決の理由の要点)、及び、本願発明と引用例1記載のものとの相違点の認定及び相違点(1)に対する判断については、当事者間に争いがない。

二  そこで、取消事由の当否について検討する。

1  取消事由1について

(1)  本願発明で使用される変性澱粉が澱粉に架橋を施したものでないこと、スパゲティーが麺類の範疇に属することは食品工業において周知であることは、当事者間に争いがない。

(2)  引用例1には、「Four commercially modified nondurum staches were blended with Edmore durum wheat semolina at levels up to 10%. Durum starch isolated from Edmore semolina was also blended with the semolina at the same percentage levels. The blends were processed into spaghetti and several quality parameters were measured. Durum starch was found to be significantly different from the four commer cially modified staches, giving a higher mean firm ness score, higher mean cooking loss and lower mean cooked weight at the percentage levels studied. The percentage level of the starches added had a significant effect on firmness and cooked weight, but cooking loss was not affected. 『Durum starch was modified by crosslinkig using epichlorohydrin, acetylation, and hydroxypropylation.』 Native and chemically modified durum starches were incorporated with Edmore durum flour at 1.5, and 10% levels, processed into spaghetti and several quality parameters measured. Physical and chemical properties of the native durum starch, commercially modified starches, and modified durum starches were measured. The granular structure of the starches and the spaghetti was evaluated using scanning electron microscopy. Further results of these studies will be preseted.」〔非デュラム系の澱粉を化工した、4種の市販化工澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に10%レベルまで混合した。エドモア種デュラム小麦粉から分離したデュラム小麦澱粉を、エドモア種デュラム小麦粉に10%レベルまで混合した。混合物をスパゲティーに加工し、数種類の品質パラメーターを測定した。今回研究した混合レベルにおいて、デュラム小麦澱粉は4種類の市販化工澱粉とは非常に異なり、食感が硬めであり、クッキングロスが多く、調理後の製品重量が減少することを見い出した。澱粉の添加量は、食感の硬さや製品重量に対して大きく影響するが、クッキングロスへの影響は少なかった。(『 』の争点記載部分の翻訳文は除く。)未変性のデュラム小麦澱粉と化学変性したデュラム小麦澱粉とをエドモア種デュラム小麦粉にそれぞれ1.5及び10%添加混合し、スパゲティーに加工し、数種類の品質パラメーターを測定した。未変性デュラム小麦澱粉、市販化工澱粉及び化工デュラム小麦澱粉の物理的、化学的特性を測定した。澱粉及びスパゲティーの粒構造を走査電子顕微鏡により評価した。これらの研究成果を更に紹介する。(以下、この部分を「引用例1の記載」という。)〕と記載されていることが認められる。

そこで、争点記載部分の意味内容について検討する。

〈1〉 乙第1号証(「研究社 新英和大辞典」1980年11月第5版)の「and」の項には、「1a〔語、句、節などを対等に連結して・・・〕そして、および、・・・と・・・、・・・や・・・:a statesman~a poet政治家と詩人/black~white bread黒パンと白パン、・・・bかつ、(・・・と同時に)また:・・・He is a statesman~poet.彼は政治家で詩人です/It was a black~white film.白黒映画だった.」と記載されていることが認められ、上記記載によれば、andは、少なくとも、複数のものが並列的もしくは併存的な関係にあることを示す意味合いと、複数のものが一体的な関係にあることを示す意味合いを有するものと解される。

しかして、争点記載部分におけるandについて、後者のような意味合いを有するものとした場合には、争点記載部分は、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによって架橋すると共に、アセチル化し、かつヒドロキシプロピル化して化学変性した」という意味、すなわち、同記載部分の化学変性澱粉は、架橋とアセチル化とヒドロキシプロピル化の3種の化学変性が同時に行われたものという意味に解されるが、前者のような意味合いを有するものとした場合には、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによる架橋、アセチル化、ヒドロキシプロピル化によって化学変性した」という意味、すなわち、3種の化学変性による別個の澱粉が生成されたものという意味に解される。

この点について原告は、争点記載部分は「Durum starch was modified・・・」とあるように、その主語が単数であるから、複数のデュラム澱粉群が、架橋された澱粉、かつアセチル化された澱粉、かつヒドロキシプロピル化された澱粉からなるという意味には決してならないのであって、一個のデュラム澱粉が、架橋され、かつアセチル化され、かつヒドロキシプロピル化されたという意味にしか解しえない旨主張する。

しかし、Durum starchは物質名詞であって、ふつう複数形にすることがないのであるから、上記のように記載されていることのみから、一個のデュラム澱粉が、架橋され、かつアセチル化され、かつヒドロキシプロピル化されたという意味にしか解しえないというものではない。

ちなみに、乙第5号証及び第6号証によれば、原告の特許出願にかかる発明についての出願公告(発明の名称「麺類の製造方法」昭和57年特許願第181919号昭和63年特許出願公告第3572号)に対する特許異議申立事件において、原告自身、「甲第1号証(注本訴における引用例1)は、・・・エーテル化やエステル化した澱粉を開示するのみで、架橋され、かつエーテル化あるいはエーテル化(注エステル化の誤記と思われる)された澱粉を開示するものではない。」旨、争点記載部分につき本訴と矛盾する主張をしていることが認められる。

〈2〉 ところで、引用例1の記載の文脈によれば、争点記載部分のすぐ後の段に記載されている「chemically modified durum starches」、及び、その次の段に記載されている「modified durum starches」は、いずれも争点記載部分の化工により生成された化学変性澱粉を指すものと解するのが相当である。

しかして、上記のとおり、「modified durum starches」と複数形で記載されているが、これは、争点記載部分の化工によって複数の化工デュラム澱粉が生成されたことから、このように表現されたものと解するのが相当である(なお、争点記載部分の場合と違って、複数形が用いられているのは、複数種に化学変性されたデュラム澱粉ということで普通名詞化していることによるものと考えられる。)。

そうすると、争点記載部分は、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによる架橋、アセチル化、ヒドロキシプロピル化によって化学変性した」という意味、すなわち、3種の化学変性による別個の澱粉が生成されたものという意味に解するのが相当である。

この点について原告は、上記「modified durum starches」の前に定冠詞theが付されていないから、この部分は争点記載部分の「modified durum starch」を受けているものではなく、他の一般的な「modified durum starch」を含めていると解釈するのが妥当である旨主張するが、争点記載部分に記載されている名詞は「durum starch」であって、「modified durum starch」ではないから、「modified durum starches」にtheが付されていないからといって、原告主張のように解すべきものということはできない。

また原告は、変性した澱粉の物性試験を行う場合には、変性の程度を種々変更して行うものであり、唯一の変性程度のものだけに物性試験を行うことは一般的に考えられないとしたうえ、引用例1記載のものにおいては、架橋され、アセチル化され、かつヒドロキシプロピル化された変性澱粉の架橋度、アセチル化の置換度あるいはヒドロキシプロピル化の置換度を種々変更したものを作成し、それの物性を試験したと考えられる旨主張する。

しかし、変性した澱粉の物性試験を行う場合に、一種の変性程度のものについては、一般的に物性試験が行われないということを認めるべき証拠はなく、原告の上記主張は採用できない。

甲第7号証(奈良先端科学技術大学院大学教授新名惇彦作成の鑑定書)、第13号証(同上)、第8号証(関西大学助教授青山隆作成の鑑定書)には、争点記載部分は、「デュラム小麦澱粉をエピクロルヒドリンによって架橋すると共に、アセチル化し且つヒドロキシプロピル化した。」という意味内容である旨、原告主張に沿う記載がなされているが、叙上説示したところに照らして採用することができない。

〈3〉 なお、デュラム小麦澱粉をアセチル化した化学変性澱粉、ヒドロキシプロピル化した化学変性澱粉が、それぞれ本願発明の酢酸澱粉、ヒドロキシプロピル澱粉に相当することは明らかである。

(3)  以上のとおりであって、引用例1には、デュラム小麦澱粉をアセチル化し、あるいはヒドロキシプロピル化し、この化学変性澱粉をエドモア種デュラム小麦粉に所定量添加混合し、スパゲティーを製造する方法が記載されているものと認められ、したがって、本願発明と引用例1記載のものとは、麺類の製造に際し、ヒドロキシプロピル澱粉のようなエーテル化澱粉または酢酸澱粉のようなエステル化澱粉の少なくとも1種を製麺原料粉に添加する麺類の製造方法の点で一致する、とした審決の認定に誤りはないものというべきであり、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  本願明細書中の「従来、澱粉に1つ以上の官能基が、エーテル結合およびエステル結合したエーテル化澱粉およびエステル化澱粉は元の原料澱粉に比して、糊化開始温度が、その置換度に応じて低下し、かつ老化性が著しくなくなる(耐老化性がある)ことが知られている。また、結合される官能基の種類、原料澱粉の種類によって同じ置換度であっても、糊化開始温度の低下および耐老化性の効果が異なり、置換度の程度によっても効果が異なることが知られている。」(甲第4号証の1第3欄18行ないし28行)との記載に照らしても、エステル化澱粉を麺類等の食品に適用する場合、どの程度の置換度のものを用いるかは当業者が当然考慮し、検討する事項であると認められる。そして、引用例2には、ほとんど全ての市販澱粉誘導体が低置換度のグループに属すること、及びアセチル基を0.5%-2.5%含有する酢酸澱粉は、その安定性(耐老化性)と透明性が良いために食品に使用されていることが記載されているのであるから(このことは当事者間に争いがない。)、上記の範囲及びその近傍値について検討し、置換度を本願発明のように設定することは、当業者が容易に想到しうることと認めるのが相当である。

したがって、相違点(2)に対する審決の判断に誤りはない。

(2)  原告は、引用例1には、架橋されたエステル化澱粉を麺類に適用することは記載されているが、未架橋のエステル化澱粉を麺類に適用することが記載されていないのであるから、審決が、相違点(2)に対する判断をするについて、「エステル化澱粉を麺類等の食品に適用する場合」とした前提自体誤りであり、したがって、相違点(2)に対する判断は誤りである旨主張するが、引用例1には、未架橋のエステル化澱粉を麺類に適用することが記載されていることは、前記2において説示したとおりであるから、原告の主張はその前提において失当であり、採用できない。

したがって、取消事由2は理由がない。

3  取消事由3について

甲第4号証の1(本願公告公報)によれば、本願発明は熱湯復元時における澱粉の溶出量を抑制しながら、熱湯復元性を良好ならしめることができ、また、熱湯復元後においても食感(歯切れ、歯ざわり)が経時的に変化しにくいという効果を奏するものであって、麺類に優れた弾力性、滑らかさ、透明感を付与しうるという効果を奏するものであることが認められる。

ところで、甲第5号証の1(二國二郎監修「澱粉科学ハンドブック」1977年7月20日朝倉書店発行第504、第505頁)によれば、酢酸澱粉の低置換体は、糊化点が低く、耐老化性があることが本願出願前周知であること、本願発明においてエーテル化澱粉及びエステル化澱粉は、馬鈴薯澱粉、甘薯澱粉、タピオカ澱粉などが用いられるが(甲第4号証の1第4欄15行ないし18行)、甲第6号証(特開昭53-121955号公報)によれば、麺類の製法において製麺原料に、糊化温度の低い澱粉、例えば馬鈴薯澱粉、甘薯澱粉、タピオカなどを加えると、麺の復元性を良好ならしめ、弾力のあるなめらかな麺を得ることができることが本願出願前周知であることが、それぞれ認められる。

そして、乙第4号証、第7号証及び第8号証によれば、熱湯復元時における澱粉の溶出量を少なくするように工夫すること、及び、乙第9号証によれば、熱湯復元後において食感が経時的に変化しにくいようにすることは、いずれもこの分野の当業者がふつう実施・確認する麺類の適性評価項目であると認められる。

以上を総合すれば、本願発明の上記効果は格別顕著なものということはできない。

したがって、本願発明の効果についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

三  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

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